あれから5年ですね

三陸鉄道

あの未曾有の大震災から5年ですね。今年1月にセントレアでセグウェイに乗車した際にご一緒した関東地方の方、今は福島県の相馬でメンタルケアの支援をされているということでした。その方が言われるには、過去の震災の経験から被災者のメンタルは5年経過後からがたいへんになるそうです。これからがたいへんになるんですね。だんだん忘れていってしまう現実。直接は無理としても何らかのかたちで引き続き支援を考えないとと思いました。そんなわけで今回はSegTabi番外編とさせてください。

5年前のあの日

5年前のあの日、私は会社(名古屋)におり、お客様との打ち合わせで地震の少し前に会議室に入りました。初めての方がいて名刺交換をしたところ、名前からわかる昔に知っている名前。中学校の同級生でした。偶然の再開に驚き、昔話をしながら商談をしていました。そこに来た地震。6人ほどで打ち合わせをしていましたが、気がついたのは私でした。みるみるうちに揺れが激しくなり、怖くなりお客様と外に避難しました。名古屋でも船に乗っている時のように地面が揺れ、電線も大きく波をうっていました。この辺りが震源と思っていたら、震源は東北とのこと。あんな酷いことが起こっているということも想像できず、あの日は夕方まで来客がたて続き、打ち合わせを続けていました。打ち合わせが終わり、初めてテレビを見た時の映像は想像を絶するものでした。

自分ができる支援とは

日本海の夕陽

日本海の夕陽

私自身は東北地方とは縁もゆかりもありませんが、相方のルーツが福島ということもあり、いろいろと考えることも多かったです。その中でできることはなにか? やはり旅でした。その地にお金を落とすということです。もともと2011年のゴールデンウィークは函館に行こうと予定を立てていました。函館も朝市などで津波の被害が出ているということで行くことも悩みましたが決行しました。行って良かったです。

その後も、その夏に新潟から2泊3日の南東北旅行。山形の海岸線を北上し、鶴岡の由良温泉で1泊。きれいな夕陽をみれました。そして、翌日は寒河江でさくらんぼ狩りをして、天童でJリーグ観戦、山形で1泊。なでしこジャパンの世界一をテレビで見て福島市内経由で新潟までの旅。1年置いて2013年秋にはあまちゃんに影響されて北三陸の旅。この北三陸でいろいろと考えることがあり、翌年2014年夏は北三陸久慈から、宮古、釜石、陸前高田、南三陸、女川、石巻、福島、相馬、南相馬、飯館、川俣などの太平洋側の町をまわりました。行くのが少し遅かったと思う部分もありながら、見ていてよかったということがとても多かったです。昨年は行けませんでしたが、今年はまた行ってみたいと思っています。

女川

女川(2014年8月)

すべて行ってみないとわからないことばかり、まだまだ知りたいことも多かったです。行くのが少し遅かったという感想を持つこともあると思いますが、これから行ってもまだまだ遅くはありません。ぜひ、現地を見てください。見てみないとわからないことが多いと思います。陸前高田の奇跡の一本松も、南三陸の防災庁舎も、各地の地盤嵩上げ工事も、福島県浜通りの除染廃棄物の黒い袋の山も、見てみないとわかりません。

宿泊した施設の津波を経験した方に聞いたこと。
「私にアドバイスできるとしたら、津波の危険がありそうな知らない場所に行くとき、普段から自分が今いるところの近くにある高い場所や建物を注意深く確認して、頭のなかに入れておくようにしてください。何かあったら、そこに逃げれる頭を作っておくことくらいでしょうか」

これは私の中でとても大切な言葉です。しかし、考えられないところまで津波が来ることを想定しながら考えることが大切です。やはり現地を見て欲しいです。そして、そこで宿泊し、美味しい料理を食べ、観光をし、経験をするような旅、人とふれあう旅を SegTabi ではおすすめします。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

あれから5年ですね
この記事をお届けした
SegTabi.comの最新情報を、
いいねしてチェックしよう!